楽観的日和見主義

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申し上げます、申し上げます。

太宰治「駈込み訴え」の朗読を香川照之がBS2でやってたんだけど、素晴らしかった。映像が美しかったな。思春期の少女の淡くも烈しい想いが揺らめいていました。

忘れないように書いとこ。
監督…西川美和
主演…清水くるみ
   日南響子

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駄目人間の不条理世界―「権現の踊り子」町田康

権現の踊り子 (講談社文庫)権現の踊り子 (講談社文庫)
(2006/04/14)
町田 康

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町田康の書く小説は、もはや「小説」という固定観念を突き抜けて、独自の世界観を作り上げている。
名前や設定からまったく現実的ではないのに、どこか「こんなことってあるかも」と思わせる。
話は「権現の踊り子」ほか「鶴の壺」「矢細君のストーン」「工夫の減さん」「ふくみ笑い」「逆水戸」の六篇。
オチというオチはないかもしれないが、過程にこそ苦悩と困惑と笑いが詰まっているものだ。ネーミングの独特さにも表れているが、本当に独特で流れるような文体で書かれていて面白い。そもそも表題作の「権現」って、辞書に載ってる権現ではなく市の名前なんだよね。

出てくる人間、出てくる人間、みんな駄目人間な感じで非常に脱力してしまう。「工夫の減さん」の減さんなんてまさに、工夫して状況を改善させようとして自分で自分の首締めてしまうし、「権現の踊り子」は貧困な時代の貧困な町の貧困な人間の話だし。
「ふくみ笑い」は主人公の妄想かとも思ったけど現実に周りが含み笑っているのかもしれない。でもああいう風に周りにバカにされているかもと思い込み始めると、確かに主人公のようにくおーっという気持ちになるのはわかる。ぎょんべらむ。どの話も決して現実的ではないのにとてもリアルだと思った。
水戸黄門のパロディの「逆水戸」は声を出して笑ってしまった。出だしから「馬鹿みたいな新緑が芽吹いていやがった」とか、なんで風景にキレてるんだよwと吹いてしまった。これも黄門様は人助けしないし人望もないし、うっかり八兵衛は悩んでるし、悪役も締りがないし。この中では一番読みやすかったかもしれん。
ユニークで型破りな小説。短編集なので、手軽に読めるかも。

個人的に「矢細君のストーン」が、エレカシの宮本さんと石くんみたいでお気に入り。ヒコーキノッタラ、オレシンジャウヨ。

「変身」 カフカ

「虫」の意味するものとは

変身 (新潮文庫)変身 (新潮文庫)
(1952/07/30)
高橋 義孝、カフカ 他


 ある朝、主人公であるグレーゴル・ザムザが目を覚ますと、自分が巨大な虫に変わっているのに気づくことから話は始まる。
 有名な書き出しだが、これだけでもかなり衝撃的だ。虫の描写もなかなか詳細なため、本当に芋虫やムカデが嫌いな人は気持ち悪くなるかもしれない。実際、壁を這ったり食べ物を食べる描写にはぞっとするものがあった。ただ、カフカは「変身」の挿し絵に昆虫が描かれることを強く拒否しており、昆虫への変身そのものが物語の意図ではないことがわかる。

 さて、その上で毒虫の意味するものとは何なのであろうか。解説にある通り、抑圧されてきた真実の自己・欲望か、家族との関係か、それとももっと別の例えば宗教がテーマなのだろうか。「変身」の読み方として、前の作品「判決」との関連で読むべきであるとの意見もある。
 個人的解釈としては、「抑圧されていた本当の自己」を推したい。今まで抑圧し隠し通してきたものが露わになった瞬間、周囲の目が変わるということはよくある。ちょうど、目の前の人間が毒虫に変わったかのようにだ。性的倒錯、趣味嗜好、思想、過去など、それは幾つも考えられる。
 また、突然のアクシデントというのも考えられる。ある日突然発症した病気、事故、登校拒否、自殺未遂などにより今までの自己(アイデンティティ)が崩れ、それによって周囲が態度を一変する。これもよくある話だ。

 解釈は幾通りもあると思うが、いずれにせよ結末は幸せとは言い難い。最終的に父親の投げた林檎による怪我がもとで満足に動くこともできず、食欲もなくなり家族全員から諦めと失望の目で見られ、死を迎える。この死を受け入れる過程は比較的穏やかなものだが、しかしながら彼は年中穏やかな気持ちでいたわけではなく、暗い部屋に閉じ込められ、その上ガラクタを運び込まれるなどの仕打ちに対して怒りを感じている場面もある。だが怪我により身体を動かしづらくなって以来、暗室で孤独に過ごすうち、彼は周囲に対し以前にもまして無関心になっていく。だんだん思考が人間的でなくなっていくが、これは虐げられ世間から隔絶された人間がだんだん人間らしい感情を失っていくことも示唆しているように思う。
 さて、主人公が死んだことで家族は安定の日々を取り戻すわけだが、それによってグレーゴルの悲惨さが増している。息子と家を捨てて、安寧と休息を味わう家族。墓もなく無残に死んでいった主人公。ここから見るに家族関係の示唆も含まれていると考えてもよさそうだと思う。
 結局主人公が虫になった理由は明確になっていないが、解釈の余地が残されている分、自由に考えることができる。とても面白い小説。

「家族趣味」乃南アサ

家族趣味 (新潮文庫)家族趣味 (新潮文庫)
(1997/04)
乃南 アサ

「魅惑の輝き」「彫刻する人」「忘れ物」「デジ・ボウイ」「家族趣味」の5編収録。
日常に潜む人間の狂気と崩壊を描く。

※ネタバレ含みます。



どれもすっきり読みやすくて面白かった。特に「忘れ物」はちょっとした叙述トリックが使われていて、最後にどんでん返しが来て「おぉ!?」といった感じ。「デジ・ボウイ」だけちょっと毛色が違うかな。これはちょっと結末に悲しさを感じた。
どれも最初はありふれた日常生活から始まるが、だんだんと狂気の方向へ傾いていった人たちが最終的に崩壊への道を辿る。このおかしい人たちの描写が妙にリアル。ちょっとお金が入ったからって、借金より宝石に使っちゃう人とか。ただ、最後にほとんど殺人を犯して終わるのはちょっとご都合主義な気もした。もうちょっと違う崩し方もあったんじゃないかなと思う。
平山夢明の「東京伝説」を狂人側からややライトに書いたような感じ。面白かった。

「箱男」 安部公房

箱男 箱男
安部 公房 (1982/10)
新潮社

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自分は姿を現すことなく、相手のことを覗き込みたい――
そんな種類の欲望はおそらく誰もが抱いているのではないだろうか。
箱男はズバリ「覗き文学」だ、という声もあるらしい。その通り、これは覗きの安心感と快楽に魅せられた人間たちの話だ。
ダンボール箱で全身を覆い、匿名となった人間――彼らは、箱男と呼ばれた。箱を被った瞬間から、彼らは人間でない存在となる。存在しており不在の存在となるのだ。

大まかに説明すると、この箱男である「僕」が、看護婦や医者と関わっていく中で記録を取っている、という形だ。また、A・B・Cそれぞれの人物の視点で語られる章もあり、話が進んでいく。このA・B・Cはそれぞれ無関係で、脈絡なく話に挿入されているようにも思えるが、「僕」の本名なども不明なためいろいろ当てはめると面白いことが見えてくる。
ネタバレ(にはならないと思う。安部だし)しつつ説明すると、今回もまた主体と客体の入れ替わりが主題なように思う。「僕」は「私」でもあり、そして「君」なのだ――、という文が中に書いてあったような気がする。実はこれ読んだのかなり前なのでちょっとあやふやなのだが…。
どこから変わるか、どんな状況なのか、初めから二重人格だったのか?など考えると疑問が尽きないが、作者の小説に於いてそういうことを考えるのは無意味かもしれない。
また、この小説非常にエロチックでもある。女体の描写もさることながらもうそのまんまなシーンもあるし、見ていて飽きないと思う。個人的に、一見最も関係なさそうなCが「僕」の幼少時代なんじゃ…とか考えてしまった。

とにかく面白かった。途中途中で挿入されている写真もなかなか味わいがあっていい。
匿名性の溢れている現代にぴったりな本。

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