楽観的日和見主義

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言葉という難解な道具

 「言葉」とは、人間が使う中で最も難解な道具である。それこそ言葉で人を殺すこともできる。言葉の持つ凶悪なほどの力を、怖さを、人はもっと考えなくてはならない。
 …というような事を昔厚治さんが言ってたんだけどさ。

 今日、友達と話していてそんな話が出たのです。許可を取ってないんであんま詳しくは書けないんすけど。
 いつでも、人を傷つけるのは何気ない一言なんですよね。明らかに悪意があって人に発言することってあんまりないし、それならば悲しみより怒りの方が勝るから、傷ついて落ち込んでしまうってことも少ない。だけど、悪意があるわけではない、ポロッと漏れた一言だったらどうでしょう。悪意がないだけに、相手を責められないし落ち込む自分も情けない。でもやっぱり傷ついてしまう。以下、情けなさと鬱の無限ループ。
 看護ではどちらかというと表情や顔色などの「非言語コミュニケーション」に重きを置く傾向にあるんですが、普通に暮らしている中では言葉というのもなかなか大事なんですよね。同じ意味でも「お疲れ様」と「ご苦労様」を立場によって使い分けしたりしますし。(ところで最近「ご苦労様」の使用頻度が全体的に減っている気がする…社会人は違うのかな?)とりわけ日本語はそういう細かい言葉や単語の使い分けが多いと思います。いや、専門じゃないから知らんけど。
 せっかくたくさんの言葉があるんだから、優しい言葉を使いたいもんですね。ここまで読んでくれてありがとうございます。

ところで今日駅でケータイ小説を読む女子中学生を生で初めて見た。ショッキング。
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