楽観的日和見主義

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「変身」 カフカ

「虫」の意味するものとは

変身 (新潮文庫)変身 (新潮文庫)
(1952/07/30)
高橋 義孝、カフカ 他


 ある朝、主人公であるグレーゴル・ザムザが目を覚ますと、自分が巨大な虫に変わっているのに気づくことから話は始まる。
 有名な書き出しだが、これだけでもかなり衝撃的だ。虫の描写もなかなか詳細なため、本当に芋虫やムカデが嫌いな人は気持ち悪くなるかもしれない。実際、壁を這ったり食べ物を食べる描写にはぞっとするものがあった。ただ、カフカは「変身」の挿し絵に昆虫が描かれることを強く拒否しており、昆虫への変身そのものが物語の意図ではないことがわかる。

 さて、その上で毒虫の意味するものとは何なのであろうか。解説にある通り、抑圧されてきた真実の自己・欲望か、家族との関係か、それとももっと別の例えば宗教がテーマなのだろうか。「変身」の読み方として、前の作品「判決」との関連で読むべきであるとの意見もある。
 個人的解釈としては、「抑圧されていた本当の自己」を推したい。今まで抑圧し隠し通してきたものが露わになった瞬間、周囲の目が変わるということはよくある。ちょうど、目の前の人間が毒虫に変わったかのようにだ。性的倒錯、趣味嗜好、思想、過去など、それは幾つも考えられる。
 また、突然のアクシデントというのも考えられる。ある日突然発症した病気、事故、登校拒否、自殺未遂などにより今までの自己(アイデンティティ)が崩れ、それによって周囲が態度を一変する。これもよくある話だ。

 解釈は幾通りもあると思うが、いずれにせよ結末は幸せとは言い難い。最終的に父親の投げた林檎による怪我がもとで満足に動くこともできず、食欲もなくなり家族全員から諦めと失望の目で見られ、死を迎える。この死を受け入れる過程は比較的穏やかなものだが、しかしながら彼は年中穏やかな気持ちでいたわけではなく、暗い部屋に閉じ込められ、その上ガラクタを運び込まれるなどの仕打ちに対して怒りを感じている場面もある。だが怪我により身体を動かしづらくなって以来、暗室で孤独に過ごすうち、彼は周囲に対し以前にもまして無関心になっていく。だんだん思考が人間的でなくなっていくが、これは虐げられ世間から隔絶された人間がだんだん人間らしい感情を失っていくことも示唆しているように思う。
 さて、主人公が死んだことで家族は安定の日々を取り戻すわけだが、それによってグレーゴルの悲惨さが増している。息子と家を捨てて、安寧と休息を味わう家族。墓もなく無残に死んでいった主人公。ここから見るに家族関係の示唆も含まれていると考えてもよさそうだと思う。
 結局主人公が虫になった理由は明確になっていないが、解釈の余地が残されている分、自由に考えることができる。とても面白い小説。
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