楽観的日和見主義

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聖火リレー 燃え広がる愛国心、冷める世界

聖火リレー 燃え広がる愛国心、冷める世界

ここはどこの国だ?という感想を抱いた、土曜日。
群がる赤い中国国旗。異常な熱気。自由を訴えるチベット国旗を掲げる人たちや、青い東トルキスタン国旗を覆い尽くす勢いで赤い波が押し寄せた。
正直、不気味だった。ここまで日本には中国人がいたのか?と。
china
【写真】asahi.com2008年04月27日より

福原愛ちゃん走行中に飛び込んできた、逮捕された男性は台湾人だったという。正確に言えば、台湾に住む亡命チベット人2世の男性であった。

父親は紛争の最中、政治的理由で中国公安当局に拘束され、死刑を宣告された。しかし執行の前日、一か八か、小さな窓から絶壁に向かって飛び降りて脱走、一命を取り留めた。その後、夫婦で当時7歳だった兄を連れて2週間かけて、命からがらヒマラヤ山脈を越えたという。
チベット独立は両親の悲願でもある。それを実現するためには、残りすべての人生を犠牲にする覚悟がある」
(中略)
 穏健にチベット問題を訴える人たちもいた。市民団体「SFT日本」の代表を務める亡命チベット人2世、ツェリン・ドルジェさん(34)=名古屋市=らも長野入りし、「チベットに自由を チベットに人権を」と書かれた横断幕を握りしめた。
 「私たちは聖火リレーを妨害するつもりはない。ただ、中国政府にオリンピック精神に立ち返ってほしいだけ。自分の思うこと、感じること、自由に発言できる社会にしたいだけだ」

 SFTでは事前に、抗議をする場所や抗議方法について、長野県と協議を重ねていたが、ツェリンさんらの周りには、「ワン・チャイナ」と連呼し、中国国旗を翻す大勢の中国人たちが詰めかけ、その声はほとんどかき消された。
 チベットの中心都市、ラサでは中国人の人口がチベット人を超え、子供たちも中国語を話すようになっているといい、「このままでは私たちの文化や宗教は確実に跡形もなく消えてしまう」。

 この日、長野を訪れたチベット人らの多くは3グループに分かれて抗議活動に出かけた。あるチベット系中国人男性は「チベットに残してきた家族が中国の公安当局に尋問を受けており、顔や名前を出して抗議活動をするのは正直怖い」とこぼした。


産経新聞:「フリーチベット」の叫び届かず亡命2世 泣きながら乱入 聖火リレー より 2008年4月26日

中国の思惑、日本人の考え、チベット人の胸中。様々な思いが絡み合った、今までにはない聖火リレーだったのではないかと思う。

それにしても中国政府は異常だ。本当はハム速の記事を見た時点で書きたかったんだけど、うまくまとまらなくて記事にできなかった。
でも、聖火リレーも終わったことだし、やはり書き残しておきたいことだったから書く。
<中国政府がチベットへ侵入し行ったこと>
・1949年・・・中国共産党は『チベットは中国の一部であり、今、外国の帝国に支配されている。チベット人民を解放するために、人民解放軍は進駐する。』と宣言。一方チベットは『チベットは中国の一部であったことはない。チベットを支配する外国勢力などいない。解放される必要は全く無い。』と宣言した。
・1950年10月・・・3万5千人の『人民解放軍』がチベットに進駐。大量の軍が進駐したせいで、それまで『餓死』という言葉すら無かったチベットで大量の餓死者が出た。
・抵抗は全国に広がって、解放軍に対してゲリラ戦で抵抗した。1959年、チベット人は宮殿に集まって、最大のデモである『ラサ決起』を行う。
・これに対し、中国軍は宮殿に集中砲火。宮殿は破壊されつくし、民衆も含め何万人もが死亡。(「血塗られた金曜日」)
・ダライ・ラマの元へ亡命しようとしたチベット人民は中国兵に捕まり、殺害・強姦された。
・「民主改革」と称したホロコースト
虐殺に反対した、宗教を捨てなかったという理由で、多くの民衆と僧や尼が拷問され殺された。(民衆の尊敬を集める僧や尼の影響を恐れたためか)。
・仏像を重しにして首を吊らせたり、『奇跡が起きるなら飛んでみせろ』と高いところから落としたり、民衆の前で、僧や尼に大便を食わせた。
・いきなり寺に武装して訪れ、『ダライ・ラマを批判しなければ寺を閉鎖する』と脅す。拒否すると投獄、殺害。
・チベット人に対する去勢・不妊手術。中国国内の犯罪者もチベットに移住すると無罪放免になったりした。
・チベット高原に核ミサイル基地を作ったり、廃棄物を捨てている。現在も、家畜が死に、魚が姿を消し、子供を含む多くの人々が癌(白血病)に侵されている。

信じがたいことだが、事実をもっと知ってほしいと思い書いた。もっと詳しい内容を知りたい人は、下記のリンクを参照してもらいたい。
問題は、「もともと自由で平和だったチベットと言う国が、今現在も中国によって侵略されており、しかも平和的に解決されていない」ということだ。今、起こっている問題なのである。

さて、話を戻そう。
今回の、長野での中国人留学生の言葉。「聖火を守るためには仕方ない。日本の人が見られなかったとしたら申し訳ない。でも、皆で『日本、長野、ありがとう』と叫んだ。日中友好の気持ちは伝わったと思う」 。一方で、同じ中国人が少しでも異を呈すると「売国奴」、「チベット独立を支持する裏切り者」などと手の平を返しバッシングする。友好関係であったフランスからも拒否されると国旗を燃やし、ナチスだと暴言を吐く。情報統制されているせいもあると思うが、中国国民のあの視野狭窄具合は理解しがたい。本当に理解しあえるのは、すべての情報が共有され、彼らが相手を思いやれる気持ちを持ってからだろう。だが、それまでに多くの時間と手段を要することは想像に難くない。そしてチベット解放を訴える側も、リレー走者へ攻撃を向け、聖火を妨害するのも手段の一つではあると思うが、怒りを向けるべき相手は、リレー走者ではない。
中国も対話の姿勢を打ち出したことだし、これから「本当の」平和に向けて新しい第一歩が築かれることを祈っている。ただ、これを歓迎しているダライ・ラマに対して中国は依然批判を続ける姿勢のようだし、険しい道だとは思う。

参考リンク
北京趣聞博客 (ぺきんこねたぶろぐ)
ブーンはチベットについて何も知らないようです(^ω^ )
かなろぐ:チベット問題に厳しい視線を(ここで小林やすのり「わしズム」の詳しい内容が見れます)
東トルキスタンの人々に平和と自由を
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