楽観的日和見主義

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生きていること

 8日の秋葉原通り魔事件。
悲劇という言葉だけで済ませてしまいたくない。「怖かったね」だけで済ませてしまいたくない。

 「誰でもよかった」と腐った人生に嫌気がさし関係ない人々を殺戮した犯人。弁護の余地もない。この手の凶行は最近特に増えたような気がするが、実際どうなのか私は知らない。契約社員だったからといって世間の貧困や政治に結びつける気など毛頭ない。なぜならこの犯人の場合そういう生活・環境以前の問題だと思うからだ。加藤容疑者は孤独だった。友達も恋人もおらず、ただ携帯サイトに日記のような愚痴をひたすら綴り、憂さを晴らす日々。「女は学歴しか見ない」という発言にも見られる通り、人間関係が薄っぺらく破綻している。寄ってきた人、嗜める人も跳ねつける。
 孤独は人間の心を殺す。人間としての心を殺す。だがそれは理由になどならない。

 これからの日本のことを考えた。犯人だけではない。献花し、跪き泣き咽ぶ友人たちをネタにし放送するマスコミ、秋葉原という場所だけで関係なく騒ぐ奴ら、社会に責任転嫁し安心してしまう人々、どこまでいっても他人事の他人。
 どれほど悲惨なことでさえも、次の瞬間には笑って流してしまう今日の風潮が私は嫌いだ。それでもこの世は辛いことが波のように押し寄せてきて、一つ一つ対処していくわけにはいかない。自分のことで精一杯だ。それはわかる。今回のことも、直接関係ない人間ならいずれ風化して忘れてしまうだろう。私だってそうだ。
 ただ、今、考えたいのだ。明日を生きていたかもしれない人のことを、今まで人生を踏みしめて歩んできた人のことを。遺された人々のこと、もしかしたら死んでいたかもしれない私の知り合いや家族のこと。
 いつ誰が死ぬかわからない。あなたが、私が、明日、いや、今日死んだっておかしくはない。それまで限りある生を精一杯生きれるか、とまで言うつもりはない。ただ、生きていて欲しいと思う。くだらなくたっていい。生きていて欲しい。生きている、ということをいっぱい考えた。考えてもわからなくなって、結論になど至らない。ただ潰れるようなこの胸の痛みが、生きているという証なのか。

 私たちは生きている。心臓が動き血を全身に送り出し、息を吸い込んでは吐き出して、意思を持って足を踏み出し歩んでいる。悲しいこと、嬉しいことを思い出す。未来に、誰かに、好きなことに想いを馳せる。夢を見る。その生を奪う理不尽さに弁護を求める必要などない。
 個人的には、人の命を故意に悪ふざけで奪った代償は命しかないと思う。「亡くなった方の分まで生きて償います!」というセリフを吐く者もいるが、人の命を好きで奪っておいてこのセリフはちゃんちゃらおかしいし頭に蛆が沸いてるとしか思えない。死刑を免れ生きることが実現したとしてそれは限りなく重い生になるだろう。酷なことを言うのであれば、人の人生背負って生きたとして、どれだけのことが成し遂げられるというのだろうか。
 「生きて欲しい」と言った後にこんなことを言うのも矛盾している気がするが、命にはそれだけの重みがあるのだ。命の重さなんて計れないし、人が死ぬ時というのはあまりに呆気ない。誰が死んでも世界は廻る。だが、人生は一つしかない。彼は彼しかいない。あなたはあなたしかいない。代わりなどいない。

 私たちは生きている。


外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」
「いませんでした」
僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう
JAM/THE YELLOW MONKEY
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コメント


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Alive

絶たれていい、命はない。最近、命ってものを軽く見てるヤツが多い気がする。だいじにしなくなったね…そんな世の中が、日本社会が?だいぶcrazyだと思うよ。
生きているってことに、力強さを感じた。
心の底から、叫びたい…
I am alive!
We are alive!!
あなたの意見に同感ッスネ…

らすてぃ | URL | 2008年06月13日(Fri)21:57 [EDIT]


コメントありがとう

そうだね。みんな尊い命なんだと思う。
今の世の中が~とまで言うつもりはないけど、人の死を売り物のように軽く扱う人種や、何かに責任転嫁して安心したい風潮は好きじゃないっす。
同感してくれてありがとう。

mitu | URL | 2008年06月13日(Fri)22:51 [EDIT]


 

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