楽観的日和見主義

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心の生贄

「憐れみってのは、同情から生まれるものだと思うかい?」
 昼の豚骨ラーメンを食べている時、いつものように唐突に先生は口を開いた。
 最初に比べれば随分慣れたとはいえ、頭の回転が速くもない私はやはり面食らってしまう。
「要は見下してるってことなのかね?」
 どう思う?と先生は難しい問いをまた私に投げかけた。
「わかんないっす」
 一言だけ答えて食事を再開しようとすると、先生は気に食わないように口をへの字にしてしまった。
「ちゃんと考えなさい!」
 子供のようにテーブルをポカポカ叩く。この人はすぐこれだ。難解な問いをわざと投げかけるくせに、真面目に答えないとヘソを曲げる。
「…どういうことですか」
 改めて座り直し、先生に向き直る。先生は口元に笑みを浮かべると、得意気になって語り出した。
「優しさっていうのは素晴らしい。だが、優しさと軽蔑を履き違えてる奴もいるよね。まぁ俺なんだけどさ」
 思わずズッコケそうになる。いきなり何を言い出すんだこの人は。
「要するに、優しくしてるつもりで心のどこかでは見下してるわけ。自分より格下だから、カワイソウだから優しくしてる。優しくして"あげて"るんだっていう思い上がり。認めたくはないけど、なくはないよな」
 ああ、と胸に重い靄が渦巻く。
 これだから先生と議論し合うのは嫌なんだ。向き合わなきゃ楽でいられるのに。ずっと"いい人"でいられるのに。
「…ずっと混同してました。僕は」
 小さく呟いた言葉にも先生は反応し、面白そうに目を向ける。
「優しくされるたびにムカついてました。オレを舐めてるって。お前に何がわかるんだって」
「卑屈だね」
「そんなの先生だって前からわかってるじゃないですか」
 だからこそ、寄ってきたんだろうに。
 先生はくくっ、と小さく笑って、
「人間ってのは複雑だねぇ」
 だから面白いんだよね、と続けて煙草に火をつけた。
「禁煙ですよ」
「構やしねぇよ」
 食堂のおばちゃんが怪訝な表情でこちらを見ている。ちょうど客がまばらになる時間帯だ、目立つだろう。私はなるべく目を合わせないようにしながら先生に話を振った。
「おばちゃんが見てますよ」
「大丈夫だよ」
「これが僕のヤサシサです」
「あっ、そう」
 口の端にニヤニヤ笑みを浮かべながら、先生は携帯灰皿を取り出し火を消した。何がそんなに面白いんだろうか。
「まぁ、人に優しくしてやろうなんざおこがましいよね」
 すっ、と笑みを引っ込めて、先生は視線を外に移した。
「優しさとエゴ、独り善がりと公共の福祉、違いなんてわかりゃしねぇよな、誰にもさ」
 ああそうだ。人の優しさはいつも、結局は私に不信を抱かせた。好意を打ち砕かれるのが怖くて、人に優しさを見せられなかった。優しさを履き違えた勘違いにいつも腹が立った。
 だから、そうはなりたくなかった。わかったような顔をして、他人のくせに同情して一緒に泣くような怖気の走る親切などしたくなかった。
 だが、本当はどこかでわかっていた。

「ただ、それだけじゃないんだろうな」
 他人事のようにぼやく先生の目に、窓の外の青い空が映っていた。
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