楽観的日和見主義

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悲しみの月日が あらたな歴史のシグナル

弱さをさらけ出すというのは苦しくて、辛くて、直視するのには努力が必要だ。
でも弱い所がわかるとその人のことがわかってくる。本心がわからないままだと、ずっと誤解したまま通り過ぎてしまっただろう。
その場しのぎの装飾や見せかけでごまかすのではなく、自分の弱さを直視できるように。弱い所がわかれば、人に助けを求めるように。それをしたって、誰も責めはしないのだ。

「誤解してたよ」と言われて嬉しかった。それは、今は誤解されてないということ、むしろそう言ってもらえるほどになったということだから。
たとえば、どんなにちっぽけでつまらないことだったとしても、本音に触れるというのはやっぱりしっくりくる。嘘やごまかしのない言葉というのはやっぱりわかるし、まっすぐ届く。本音をさらけ出すのは、本当は何も怖くなんてないのだ。

今まで、私はずっと弱さを認められなくて、どうでもいい嘘ばかりで、ふてくされて勝手に卑屈になって、被害妄想と似非の孤独に閉じこもって満足していた。恵まれた人間を妬んではこき下ろして、本当はただ臆病で無為な自分を認めたくなかっただけだ。傷つくのが怖くて、人に歩み寄ろうともしなかった。ただ待っていただけだ。
空気扱いで誤解されたまま、何もしないで孤独を気取って「このままでいい」とか言って、本当は存在を認めてほしかったくせに。誰かと友達になりたかったくせに。
嬉しかったんだよ。構ってもらえて、本音を言ってもらえて、本音を聴いてもらえて。本当に嬉しかった。

今ここから、新しい歴史を始められたらいいな。

今回いろいろ通して、正直な気持ちを話しても大丈夫かな、と少し思えるようになってきた。かなぁ。



thanks!
シグナル/エレファントカシマシ
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