楽観的日和見主義

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溺れる猿が藁をも掴む 1

「縁起が悪りぃ」と幸先の悪いことを矢野がしつこいほどに言うので、仕方なくこのボロアパートに引っ越してきたのがこの3月のことだった。

「ああぁー腹いっぱい思いっきりあむぁぁああい物が食べたい」
 湯豆腐の最後のひとかけを飲み込むと同時に矢野が床に転がり嘆いた。金が無いのはわかりきっているのに同じことをバージョン違いで何度も繰り返すので、こちらも何度目になるかわからない「黙れ」を発する。いい加減突っ込むのも飽きてきたので次は無視してやろう。
 有り金をはたいて上京してきたはいいものの、就職先も見つけていない若者二人はもちろん金が絶望的に足りず、にもかかわらずこの花粉症の阿呆が妙にバカ高い空気清浄機を買ってきてしまったせいで、俺たちは著しくエンゲル係数の低い生活を送っているわけである。挟まれた両隣のうち、片方はあろうことかカップルで、夜中の0時をまたぐと隣から例のイカガワシイ物音が聞こえ始めるのであった。
 そして今夜もご他聞にもれず、まったくけしからん物音がし始め、寝そべったままの矢野が「始まったよ」と顔をしかめた。
「だいたいお前が騒がなけりゃこんな壁の薄い所に住まなくてよかったんじゃねえかよ」
「エッ、俺のせい!?」
「お前のせいだろどう考えても」
「よっちゃん声でかいよ、聞こえるよ」
 自分は棚上げで調子のいいことを言う目の前の男に一発パンチを浴びせてやりたかったが、後が面倒そうだったので頬を片手でぎゅむと挟んでひょっとこにしてやった。
「らって4丁目の4番地の204号室だよ? しかも何あの値段! 絶対怪しいって」
「まぁ…部屋の広さの割りに安いとは思ったけど」
 でしょ!? と水を得た魚のように調子に乗りやがるのでムカついたが実際その通りだった。駅まで徒歩10分、日当たり良好、1LDKで築10年。これだけの好条件でたったの4万である。駅前20分で壁の薄いこのアパートが家賃3万であることを考えれば、いわく付きの物件であることを疑うのはそう難くない。
「まぁここも悪くないけどな。スーパー近いし」
「!」
 突如深刻そうな顔になって矢野が口の前に人差し指を立てる。延々と続く隣の物音の最後に、女性と思わしき悩ましげな声が聞こえる瞬間は、二人とも示し合わせたように黙り込んだ。空気清浄機の緑のランプが憐れむように点滅している。

 この後、まさかあんな面倒なことに巻き込まれるとは予想もしていなかった俺たちは、テレビのない部屋で大人しく雑魚寝していたのであった。




**********

始まりました。タイトルは髭より拝借。
続くかわからないけどよろしくお願いします。
あ、内容は健全だけど今回のみエロ注意。

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