楽観的日和見主義

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溺れる猿が藁をも掴む 3

「っしゃせー」と決まった挨拶をし、車を誘導し、窓を拭き給油をする。車は好きだからガソリン臭いのは我慢できるが、如何せん接客が面倒くさい。

 ようやく時間が終わり、ついでに昼飯を食うことにした。スーパーで買った惣菜パンを頬張っていると、同じシフトだった先輩が「お疲れー」と隣に腰掛けた。煙草を取り出したが、俺が食事中だと気付いたのか再びポケットに戻す。バイトし始めて一週間になるが、この先輩は割と気のつく人だ。こんな愛想のない後輩にも、何かと話を振ってくれる。
「四谷クンってさ、どこに住んでんの? 近く?」
「コーポ桜道ッス」
「…ああ~、あの灰色の」
灰色の、しか特徴のない建物というのも大概どうかと思った。
「ほんとは駅前のもっとちゃんとした所がよかったんすけど。メゾン・ロマネってとこで、割といい部屋で」
「ああ~!!知ってる知ってる、あそこ出るんだろ」
 いきなり知りたかった話題に触れられ思わず目を見開く。俺の反応に気を良くしたのか、先輩は得意顔になって話し始めた。
「なんでもちょっと前に自殺があってさ、夜になると髪の長い女の霊が出るんだってよ~。自分の死んだ部屋を、じっと見上げてるらしいんだよぉ」
 声色と不気味な表情を作って話す先輩が古典的に「うらめしや」のポーズをした。
 部屋が安かったということは何らかの事故があったのは事実だろうが、幽霊話自体はよくある与太話だろう。それにしてもなぜ話に出てくる幽霊は皆髪が長いのだろうか。アフロの霊がいたっていいじゃないか。後で矢野に話してやろう、と思いながら帰る支度をした。

春ということもあり、だいぶ日が伸びた。柔らかな光が心地よく、よく見ると公園前の桜が満開だと気付く。ふわり、と漂う甘く淡い香りに目を細めた。結構いい所に越してこれたなと思う。緑のある公園もあって、小奇麗なマンションもあって、小さなスーパーもある。急いで決めたけれど、かえって良かったかもな。小さく伸びをした。
もう午後だ、あいつもバイトに行ってる頃だろう。午後はラジオでも聴いて、ゆっくり静かに過ごそう。鼻歌を歌いながら階段を登りきると、部屋の前に、髪は長くないが女性が立っていた。
見たところ女子大生のようだが、見覚えのない姿に思わず身構える。宗教の勧誘か、それとも前の住人の恋人か。俺に気付いたのか、女性はこちらを見るとペコリと頭を下げた。清潔感のある黒髪がさらりと揺れる。
「こんにちは、隣の西澤といいます。あのぅ…」
 勧誘対策に表札を出してないので名前がわからないのだろう。同じように頭を下げた。
「四谷です。…えっと、何でしょう?」
「あの、コレ間違って入ってて。ポストに入れようかとも思ったんですけど、ちょっと大きかったので直接渡そうかと…」
 彼女の手にあったのは、某通販会社のダンボールだった。俺には覚えがない。ということは、あいつまた勝手になんか買いやがったな。
「スイマセン。お手数おかけして」
頭を下げながら受け取る。
「いえ、よかったです。あの、お二人で暮らしてるんですか?」
 ダンボールの宛名と名乗った苗字が違うからだろう。
「ええ、まぁ」と頷くと、西澤さんは珍しいものを見るかのように目を丸くした。なんだか気まずくなり、ありがとうございました、と軽く会釈するとさっさとドアの中へと入った。大学生はいつもこんな時間に学校が終わるのだろうか。楽でいいなぁなどと考えながら、ダンボールを布団の上に投げ捨てた。



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アパート名はゆずとフジファブから。

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