楽観的日和見主義

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[ss]Afterwards

 傾いた西日が落ちる影を伸ばす。
「お前、泣いてたよなぁ」
「卒業式の話?」
 電車で同級生と偶然再会したので、隣に座って話をした。もう何年ぶりだろうか。
 何年か前にクラス全員で集まった時、派手な髪の色になった彼は、いつかまた会いたいな、と屈託なく笑っていた。それが今では、スーツになっているのがおかしかった。
「そうそう、お前滅多に泣かないのに、あんなに泣くと思わなかった」
 彼は笑いながらくしゃりと目を細める。記憶の中の幼い彼は成長し大人になったが、こうして見ると、笑った顔は変わってないと思う。だが、変わらないなんてことは有り得ないのだ、と前回の再会で身に沁みてわかった。だから、幾度と来た再会の誘いも断っていた。
 小中一貫で、小さい学校だった自分たちは、少ない人数でずっと固定され10年近く一緒だった。だから卒業の時はクラス全員が悲しんだものだ。これ以上の友人などもう現れないだろうと思っていた。最高のクラスだ、と思っていた。そうだ、まるで漫画か何かのように。

 電車は揺れる。オレンジ色に照らし出された車内には、自分と彼と、小さい老婆しかいなかった。
 しばらく会話をしていたが、次第に沈黙が増えた。お互いに今いる環境も違い、しばらく連絡もとっていなかったのだ、仕方ないだろう。仕方ないことだ、と言い聞かせる。
 中学の頃は毎日顔を合わせてバカみたいに笑い合っていたのが、嘘のようだと思った。

 確かに別れの時は泣いた。時の流れは残酷だと嘆いた。卒業してからも、桜が咲き夏になり、繁った葉が落ち、雪が降ると思い出したりした。
 それは友情ではなくただの依存だ、とはわかっていた。わかっていて、認めたくなかった。
 だって辛いだろう、自分の好きな相手が自分を好きではないと認めるのは。自分の必要としている相手が自分を必要としていないのは。愛していると思っていた相手を、そこまで愛していたわけではないと認めるのは、怖いだろう。
 もう半身のようになっていた相手を、必要ない人物だったと割り切るのは、今までの愛情も歴史をも否定するようで、堪らなく恐ろしいのだ。

「友情の証明は、何だと思う」
 唐突に自分は声を出した。自分でもなぜこんなことを聞いているのかわからなかった。彼は正面の窓を見ていた目をこちらに向けた。小さな目の中で、痛いくらいに鮮やかな橙色が灯っている。
「恋人なら、別れれば終わり。逆に仲を深めたいならキスなりセックスなりすればいい。友情にはそれがないだろ?」
「そ、そりゃ…頻繁に遊ぶとか、誕生日祝うとか…」
「そんなことせんでもずっと友達でいる例なんてたくさん存在する」
「………」

 答えられないままでいる彼の顔を見つめた。西日に照らされた顔は困惑しているように眉根を寄せ、うつむいた。こいつはこんな顔をしていたっけ。不意に口をついて言葉が出た。

「――俺は、怖い。いや、怖かったよずっと」
「…何が?」
 彼は、少し顔を上げた。
 目の前には、スーツを身に纏い、少し疲れた顔の大人がいた。
 知らない人みたいだ、と思った。
 誰だっけ、こいつは。あいつはどこに行ったんだっけ。
「これはきっと、お前もそうなんだ。怖いから、確かめずにはいられないんだろう?
 頻回に会って、年数が経っても 変わらない自分たちを確認したいだけなんだろう?
 実際はどんなに変わったかわかっていながら、『変わらない』って思い込みたいんだろう?」

 生ぬるい静寂が車内を包んだ。
 ガタン、ガタンと車体の揺れる音だけが響く。口を結び微動だにしない彼の顔を、窓の外の影が通り過ぎていく。

 時間は経ちすぎた。
 詰まるところあの頃の自分たちは、「仲間」という言葉に酔っていたのだ。
 あの狭い町では、自分たちだけが特別なのだと思い込んでしまう。何かに選ばれた存在なのだと思ってしまう。特別なことなどない、その辺りに転がっているようなことなのだと気付いた瞬間、すべてが冷めて見えた。最初からその程度のことだった。
 結局、あんなに夢見ていた「友情」が、自分には最後まで実感を伴わなかったのだ。

「本当のこと言うとね、」
 沈黙していた彼の口が開く。目の前のオレンジ色が滲む。光が眩しくて、反射的に目を細めた。
「もう思い出すこともなくなったんだよ」
 目を伏せる彼は、小さく微笑むように唇を噛んだ。
 日は燃え落ち、空は藍色に変わる。

 こんな時に限って思い出すのは、中学の頃にクラス全員で屋上に上って、鮮やかに朱色に滲む夕日を見たことだった。
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