楽観的日和見主義

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

広島にて避けられない話として






今日は呉へ行き大和ミュージアムとてつのくじら館へ行ってきました。戦艦大和の大きな模型が飾ってあります。海自の潜水艦の中を見ることができました!感動。初めて知ったのですが、いまだに機雷という武器が世界の海には散らばっていて、海自はそれを処分する掃海という仕事もしているそうです。写真は魚雷。ユニークです。潜水艦は一見地味に見えて、その存在だけで脅威を与えうる存在なのだとか!

そして、怖くて本当はあまり行きたくなかったのですが、原爆ドームと平和記念公園へ。
この2つの場所へ行ってみて、思わずにいられなかったこと。

「なぜこんなにも憎み合わなければならなかったのか?」

わかってはいたことだけど、今からは想像もつかない状況でした。
最新の技術と最高の科学がすべて、戦争のためだけに注がれていた。簡単に唾棄された平和条約。経済制裁により貧窮し、神風特攻隊なんてものを作らなければいけないほどに追い詰められた日本。領土の奪い合い。

世界中が狂っていた。

原爆といえば、よくテレビや教科書で絵が紹介されてますが、川に死体が積み重なっている絵がすごく印象的で、私はドーム近くの川を見るたびに「ああ、ここだ。ここで皆死んでいったのか…」と思わずにはいられませんでした。
実際に被爆した方の遺品や戦時中の「アメリカの鬼」と書かれた物を改めて目にすると、何というか…たまらなくて、悲しくて、圧倒されてしまいました。
狂った時代の流れに翻弄された人々が悲しくて、切なかった。それは広島の方だけではなくて、日本中の、もっと言えばアメリカ、イギリス、ドイツ…世界中の、戦争に巻き込まれた人々すべてが。
原爆投下レバーを引いたカーミット・ビーハンは、最期まで許されずに死んでいった。A級戦犯として処刑された東條は、本当は戦争をしたくなかった。
誰もが本当は、戦争などしたくなかったはずなのです。なのになぜ、10万人もの人々が焼けただれた体で苦しんで死んでいかなければならなかったのか。なぜ、そんな恐ろしい兵器を使わなければならなかったのか。

アメリカ軍の関係者が原爆を罪ではないと考えているのは憤りを覚えますが、彼らの意向はある意味で仕方ないと思う。一度でも罪と認めてしまえば、罪悪感と後悔に押し潰されて生きていけないから。精神の均衡を保って生きていくためには、あくまでも行為を正当化しないといけない。(でも違法だと思うけどね)
そして、広島の人々が核兵器を憎む気持ちも理解できた気がします。自分の家族が、自分が同じ立場だったら、きっと許せないと思う。アメリカも許せないし、政府も許せないし、核兵器も許せない。

個人的に、日本の核保有についてはそれほど意見はなかったのですが、ちょっといろいろと考えさせられました。保有したからといって使用するわけではないけど(日本には実験する土地もないですし)、してはいけない気がする。
ただ一つ言えるのは、誰もがよく戦い、よく生きて、死んでいったのだということ。
原爆は悲劇ですが、あれほどの惨劇を目の当たりにしないと人は平和の価値もわからないんですから。無駄にはならないと願っています。

日本人として、訪れることができて良かったです。
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。