楽観的日和見主義

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映画「悪の教典」

人が恐怖を覚える時というのは、理解できないものに出会った瞬間ではないだろうか。
これはただの殺人映画ではなく、そういった人知を越えた異様さ、不気味さを感じさせてくれる。

冒頭からモリタートの陰鬱な音楽が流れ、暗い画面に浮かぶ少年の裸体と相まって、一気に世界に引き込まれた。この音楽は歌詞の内容も映画中に明示されるが、この物語と主人公である蓮見の人格とを示してくれている。作中で、明らかに蓮見は「メッキ・メッサー」に自分自身を重ね合わせている。

この作品は殺人者というよりもサイコパス(精神病質、反社会性パーソナリティ障害)を扱った作品だ。
サイコパスの特徴として、
①共感性の欠如
②口達者、一見魅力的
③罪悪感、良心のなさ
④現実的で長期的な計画が立てられない
などが挙げられる。冒頭よりその説明はなされており、所々で補足としての情報が明示されているのでわかりやすいだろう。

全裸に靴、掘っ立て小屋に高級そうなソファー。そして周囲への監視が執拗なまでに緻密な一方で、犯罪自体は短絡的で杜撰でもある。このアンバランスさがいかにもサイコパスという感じが出ていた。
そして、殺害という行為をまるで近所に散歩でもいくかのような軽さでやってしまう不気味さ。ここがこの映画のキモとも言えるだろう。
伊藤英明演じる蓮見が次々と容赦なく銃を乱射する様は、一周して爽快感すら覚える。殺害した生徒を一人一人記憶しており、死んだふりをしている生徒にも確実に止めを刺す徹底ぶり。到底太刀打ちできそうに思えない。それだけに、ラストの言い逃れがありがちすぎて拍子抜けしてしまった。蓮見の狙いはわかるのだが、もう少し違う視点での抜け道を考えてほしかった。

途中に差し込まれたアメリカでの元相棒とのやりとりは、まるで極彩色の悪夢であり完全に浮いてしまっていた。最初、蓮見の幻覚なのか?ドラッグやってんのか?と思ってしまった。(実際やっているかは明らかにされていないが)
あそこをもう少し何とかしてほしかった。

吹越満演じる釣井先生はなかなかの良キャラに仕上がっており、彼を主人公に据えたらまた違うものが出来上がったように思う。何より特筆すべきは山田孝之がパンツの匂いを嗅いで殺されるシーンだろう。笑っていいのか悩んでしまった。

とにかく伊藤英明の裸のシーンが多いので、それもまた見所だと思う。あからさまにはされていないがゲイシーンがあるので、そこは注意。
エンディングのEXILEは壊滅的に合っていないが、それはそれでいいのかもしれない。

なんだかいろいろ考えてしまった映画だった。
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